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【Product】「横尾忠則」浅草花やしき 170 周年 特製アートポスター制作エピソード

“浅草花やしき”の170周年記念に、あのアート界のレジェンド「横尾忠則」によるポスターらしくないポスターが完成した。

アート界の巨星ともいえる横尾⽒は、デザイン界では、「神」的な存在として尊敬を集め、画家宣⾔以降も多数のポスターデザインを⼿がけているが、ここ最近は、絵画制作に集中するため、外部のポスターなどのデザイン制作は、全く⾏われてなく、かなり久しぶりのプロダクトとなる。浅草花やしきならやってみたい。と意外にも引き受けてくださり、もしかすると横尾⽒が⼿がける最後のポスターになるのでは?と、待つこと約1年、ポスターらしくないポスターが完成。

今回完成までにかなり時間がかかった。「いつもは、完成までこんなに時間がかかる⼈ではない。珍しい。」と関係者は語る。今回の浅草花やしき170周年ポスターの企画制作を担当したK&M ULTRA CONNCTIONのスタッフであり、2008年に新潮社から発刊された「温泉主義 横尾忠則」の取材紀行をともにするなど、長く横尾氏の仕事に携わってきた元新潮社の宮本和英氏が、ポスター完成後に横尾氏にインタビューした模様を紹介する。

「「浅草花やしき」はレトロな感じなので、ポスターもレトロにして、ポスターらしくないポスターを描きました。-横尾忠則」


「横尾忠則 浅草花やしき170周年記念特別ポスター」についてのインタビュー

 (2024年5月8日 聞き手・宮本和英/企画プロデユーサー・編集者)

宮本 最初に、今回花やしきの記念ポスターを引き受けて下さったのには、何か理由がありますか? 最近はあまりポスターの仕事はなさってなかったと思うので、お願いした際に、引き受けていただけるかどうか、断られるんじゃないかと思っていたので。

横尾 絵は別だけど、デザインの仕事は何十年間も受け身でやってきたから、自分で積極的に何かやりたいという気持ちは今はあまりないんですよ。だから依頼されたものに対応していくっていう姿勢で、その中で好き嫌いはあるけどね。

宮本 花やしきのポスターは何かピントくるものがあったんでしょうか?

横尾 依頼されて、久しぶりにやってみようかなあというのと、宮本さんがしつこいからさ、しつこさにほだされて(笑)。うるさく言われるのが嫌だから早く作っちゃえって。でも早く作らなかったよね(爆笑)。

宮本 そうなんですよ、依頼してから1年かかりました(笑)。横尾さんとの仕事で、こんなに待ったのは初めてですよ。

横尾 今まで早かったかな。

宮本 僕は横尾さんと仕事してきて、待ったことはほとんどないです。

横尾 温泉旅行の時なんかは、旅行に行って、帰りには原稿が出来ちゃってた。

宮本 絵もすぐに描いて、それも大作を。

   ※「温泉主義 横尾忠則」として2008年に新潮社から刊行

横尾 僕は頼まれたら出来るだけ早く片を付けてしまいたいわけ。そうしないとストレスになるからさ。

宮本 それが今回は1年も待ちました。

横尾 そうかぁ。

宮本 ちょうどお忙しい年ではあったんですよ、春に芸術院会員に選ばれてその取材などがあり、東京国立博物館の異例の大個展「寒山百得」の100点に及ぶ作品の制作に追われて、そのあと秋にはまた文化功労者に選ばれて話題になって。

横尾 絵を描いている間に、例えばエッセイの依頼なんかあるでしょ、連載とか。そういうのは苦にならないの。でも表現するものを頼まれると苦になるわけ。流れが全然違うから。

それとさ、花やしきのポスターは、そんなに急いでないなっていうのもあったから(笑)。

宮本 はい、確かに最初は急ぎではない、時間的に余裕はありますからって、お願いしたし、それが失敗でしたねぇ(笑)。今こうして傑作ポスターが完成したので言えますけど。

横尾 何月何日までにって言われたら間に合わせたかもしれないけど。催し物のポスターだったら日にちが決まっているからね。

宮本 今回は周年の記念ポスターということでしたからね。でも横尾さん、花やしきの170周年というのは、2023年、去年だったんですよ!

横尾 ああ、そうか

宮本 一応、去年。特別記念のポスターですから、周年が終わってからでもいいといえばいいのですが。

横尾 うーん、そうね、あんまり深刻さを感じなかったんですよ(笑)。だから依頼する側に問題があったんじゃないかと(笑)。

宮本 そうきましたか(笑)。はい、今後の反省点として、肝に銘じます!

宮本 花やしきの昔の広告とか資料をいろいろ持ってきた際に、横尾さんはそれを見て、これならすぐに出来そうだって仰ったんですけど、その後、なかなかアイデアが出ないって言われて。

横尾 アイデアというより、描くのが面倒臭いんですよ。絵の方は(画面が)大きいけど、こっちは面倒臭いと思わないの、でも小さい絵とか目的性を持ったものは面倒臭いの。絵の方は目的がないから何をやってもいいわけだから。そこがデザインと絵画の違いですよね。デザインは目的性を持っているから。今は目的性のない絵を描くことに慣れてしまった生活してるからさ、いきなり目的を持てって言われるとワァーって。

宮本 昔はデザインの仕事をたくさんやっていたのに。

横尾 昔は目的がないとやらなかったの(爆笑)。勝手にやってくれって言われると出来なかったの。

宮本 根っからの画家になっちゃったんですねえ。

横尾 そう、根っからの画家になっちゃった、ハハハ。

宮本 そういう意味では、このポスターは貴重なポスターですね。

横尾 もうやりたくないよー。

宮本 最後のポスター制作になるかも?

横尾 神戸の横尾美術館のポスターはやるけど、あれは展示する作品をアレンジするからそんなに苦にならないの。

宮本 今回の花やしきポスターは構成デザイン的なものではなく、絵をテーマにしていますけど、最初から絵にしようと考えられていたんですか?

横尾 ずっと絵を描く生活が日常になって続いているでしょ、だからそこで違うやり方はしたくなかったわけ。切り替えたくなかった。絵の延長だったら出来るかなっていうのがあったかな。最初からそういうつもりだった。

宮本 ポスターのために絵を描くというのは、今までになかったのでは?

横尾 全然なかったんじゃないかな。

宮本 初めての試み。

横尾 うーん、高校生の時の処女作の「西脇市織物祭」のポスター以来かも。これ、処女作にしては上手いよね(笑)。ともかくグラフィックデザイナーになってから手描きのものはあまりなかったと思うな。

▲横尾氏ポスター処女作(手書き)

宮本 横尾さんの代表的なポスター作品には、すくなくとも手描きの絵をもとにしたポスターはなかったように思います。

横尾 コラージュ的なものだよね。首吊りのポスターとか部分的には手描きがあるけど。

宮本 全面的にドローイングをもとにしたポスターではないですものね。

宮本 今回、初校が上がってきて、すぐに壁に貼ってみたんですけど、すごく良かったです。

横尾 そうかなあ。

宮本 いや、びっくりするぐらいいいですよ。壁に貼ってみると。

横尾 それは宮本さんが長く待ってやっと出来たからじゃないの。その感動の方が大きいからじゃないの?(笑)

宮本 それはないです、逆に自分でも驚いたんですよ。原画を見ているわけで、どういう感じなるか分かっているのに、ポスターになってみると原画を見て思っていた時よりもずっと良く見えたんです。不思議なぐらい。こう言っては失礼ですが、ポスターの方がいいんですよ。

横尾 そうかもしれないね。

宮本 色彩が凄く映えるし、綺麗だし、いろいろな要素が描かれていて賑やかなんですが、煩くない、派手なのに邪魔しない。でも凄く目立つ。不思議だなあと思って。

横尾 ああ、ホント?

宮本 こういうことが、横尾マジックなんだと。横尾さんならではの天才のなせる業なんだと思いました、改めて!

横尾 褒めすぎだけど、それよりさ、また温泉に行こうよ。

宮本 ポスター完成のご褒美ですか?

横尾 そうですよ(笑)。ずっと外に出ない生活していたから、腰とか足とか歩きにくくなっちゃって、あまり動かなかったから。それも良くないなと思って、これからちょこちょこ出かけたいなあって。

宮本 88歳にして、行動する横尾さんになる、と。温泉に行って、また新たな絵を描きますか?

横尾 そうですよ(笑)。日本の温泉の風景を。


【浅草花やしき紹介】

「浅草花やしき」の歴史は、なんと江⼾時代に遡る。その起源は、1853年(嘉永6年)に開園した、牡丹と菊細⼯を主とした花園「花屋敷」。⾵流を愛でる茶⼈や俳⼈たちの憩いの場であり、その模様は、広重の浮世絵などにも残されている。

明治に⼊ってからは和洋折衷の⾃然庭園として庶⺠に愛され、浅草が東京の繁華街の中⼼になるにつれ、園内には楼閣をはじめ展⽰場や遊戯機器などが続々と設置され、⼤正から昭和の初めには動物園としても有名になる。トラの五つ⼦の誕⽣や、⽇本初のライオンの⾚ちゃんの誕⽣などでも話題になった。

その後、第⼆次⼤戦をはさんで紆余曲折を経て、1947年(昭和22年)に「浅草花屋敷」として再開園。53年には国産初のローラーコースターなど現在につながるアトラクションが⽣まれて昭和の代表的な遊園地として⼈気を集めてきた。

近年は、各地にあった⽇本型の遊園地が姿を消していく中で、唯⼀昭和の⾯影を残す遊園地として、そのレトロな雰囲気が改めて⼈気になっている。

そして2023年、開園から170周年を迎え、現存する最古の遊園地「浅草花やしき」の新たな時代が始まる。

【浅草花やしきの変遷】

▲江戸時代〜明治時代(開園当時)
▲江戸時代〜明治時代(開園当時)

▲大正時代
▲⼤正時代

  ▲昭和50年頃
▲昭和30年頃

▲平成25 年
▲平成25年

▲令和6年(現在)
▲令和6年(現在)


【横尾⽒のメッセージ】

「アートでもない、かといってデザインでもない、その真ん中に何があるのかというと花やしきなんじゃないかと思うわけ。

花やしきというのはデザインでもない、アートでもない、メジャーでもないし、マイナーでもない、どっちでもない、そういうものを描きたかったんだよね。―横尾忠則」

まさに「浅草花やしき」を⾔い得て妙である。横尾さんに閃いたアイデアがそういうことだったのだと、関係者⼀同感⼼し、深く納得したのだった。

この横尾⽒の⾔葉からも、横尾⽒の思いやメッセージを感じ取ることができる。

いつの時代も⼈々の拠り所となった遊園地。時代の流⾏などに屈せず、歴史の⾯影を残しながらも、今なお⼈々の思いに⽀えられ存在している⽣命⼒ある“浅草花やしき”を題材として描かれた横尾⽒の作品に、何か深い意義を感じる。今年88歳を迎える“横尾忠則の現在”を感じさせる実にかっこいいポスターができあがった。なぜか原画より魅⼒的にも感じる。

⽇本⼈初の東京国⽴博物館での個展開催、そして、⽂化功労者に選ばれるという横尾⽒の数々の偉業を讃えられた転機なる時にようやく⽣まれたこの作品。

横尾ファンの皆さんにぜひ⼿にしてもらいたい。

▲アトリエにて(作品完成時)
▲アトリエにて(作品完成時)

横尾忠則さんは、20歳でグラフィックデザイナーとして世に出ました。そして1969年に第6回パリ⻘年ビエンナーレ版画部⾨グランプリを受賞し、72年にはニューヨーク近代美術館で個展が開催されるなど、⼀躍世界で認められるアーティストとなりました。⽇本⼈のアーティストとして最も早くに海外で評価を得た⼈です。

横尾さんの活動はデザイン界にとどまらず、70年⼤阪万博「せんい館」の建築デザイン、モーリス・ベジャールのベルギー国⽴20世紀バレエ団のミラノスカラ座公演「ディオニソス」の舞台美術、さらには⼤島渚監督の映画「新宿泥棒⽇記」に主演、テレビドラマ「寺内貫太郎⼀家」で謎の⼈物を演じるなど、実に多岐にわたります。執筆活動も旺盛で、多数のエッセイ集の他、⼩説『ぶるうらんど』で泉鏡花⽂学賞を受賞しています。

82年には「画家宣⾔」し、以後、多彩にして⾃由闊達な絵画作品を描き続け、国内外で数えきれないほどの展覧会が開催されてきました。国内外の受賞も、ブルーノ国際グラフィックデザイン・ビエンナーレ展特別賞、ワルシャワ国際ポスター・ビエンナーレ展⾦賞、ニューヨークDC賞⾦賞、⽇本⽂化デザイン⼤賞、⾼松宮殿下記念世界⽂化賞など多数受賞しています。

近年では2021年「GENKYO横尾忠則原郷から幻境へ、そして現況は?」展の東京都現代美術館に600点余の作品を展⽰する⼤回顧展を開催し(愛知県美術館からの巡回展)、コロナ禍中にも拘らず8万⼈もの⼊場者を集め、昨年には、通常⽇本の古美術・⽂化財を展⽰収蔵する東京国⽴博物館で、現代美術作家の初めての個展として「横尾忠則寒⼭百得」展が開催されて⼤きな話題となりました。また芸術院会員、⽂化功労者にも選ばれています。

⽇本最古の遊園地、浅草花やしき170周年記念

「横尾忠則」特製アートポスター限定販売

(エディション・サイン・⼿彩⾊⼊り)

花やしきと横尾ワールドに共通する“庶⺠的なユーモア”をお楽しみください。

  • ポスターらしくないポスター!?
  • 浅草の中にアメリカがある!?
  • 遊園地に AI 技術!?

▲サイン入り


▲エディション・ナンバー入り

▲手彩色入り

▲手彩色入り筒ケース*イメージ

https://resast.jp/stores/article/10310/Zjk3ODBlNzc0N

■横尾忠則アートポスターに関するご質問、ご相談は、 ALSMAにて賜ります。お気軽にお問い合わせください。(03-6853-0014)

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