あの絵が怖くて美しい秘密
「おどろおどろしく、生々しい女性を描いた怪しい絵が、実に美しい!」
美人画の全盛期であった大正期から昭和初期に、多くの女性を描き、個性的な魅力を放っていた日本画家「甲斐荘楠音(かいのしょう ただおと)の全貌」展が東京ステーションギャラリーで開催されています。(2023.7.1~8.27)
甲斐荘楠音(かいのしょう ただおと)作品の魅力
甲斐荘楠音(かいのしょう ただおと)って誰?何者?と言われる方も多いとは思いますが、妖艶なインパクトの強い絵画作品を一眼見れば、忘れられない作品として印象に残るのではないでしょうか。
グロテスクで、悪の強い女の嫌な内面や癖、色気、なまめかしさ、なんとも表現し難い表情、仕草・・・美醜を超えた生々しい感覚を伝える作品に、寒気を感じるほど衝撃を受けます。
今回の展覧会のポスターに起用されていたこの作品の女性も、「不穏な笑みを浮かべて、なんだか怪しい・・・」ですよね。
「横櫛」は歌舞伎の演目『處女翫浮名横櫛(むすめごのみうきなのよこぐし)』を題材にした作品で、描かれている女性は物語の主人公。愛する男のためにゆすりや殺しに手を染めた悪女で、体中に切り傷があることから、“切られお富” という呼び名が付いたのだそうです。
うっすらとした笑みを浮かべる“切られお富”。黒ずんだ病的な目元、不穏な笑み、怖くないですか。その恐ろしいまでの妖しさに魅せられてしまいます。
甲斐荘楠音は、この《横櫛》について、「この作品には《モナ・リザ》の微笑みが現れているかもしれない」と述べています。
確かに、レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》の、謎めいた微笑みに似ているかも・・・
あの不穏な笑みはモナリザと似ている
しかし、そもそも、「なぜ、モナリザ?」って思われませんか?
彼は、少年時代からレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロなど西洋の美術に心惹かれ、その美を日本画へ取り込み、妖艶な人物表現を生み出しています。
彼の作品の大きな魅力である日本画表現に革新的に活かされたのが、なんといっても「スフマート」ではないでしょうか。
「スフマート 」というのは、輪郭線を描かず細部をぼかす技法のことです。イタリア語で「くすんだ」「薄れる」といった意味の言葉です。薄い絵の具を何度も何度も塗り重ねて微妙なぼかしを作っていくので、制作時間がかかり、見る角度によって見え方が違うそうです。
16世紀に絵画に取り入れられたとされる「スフマート」を使用した絵画でもっとも有名なのが、このレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」です。ダ・ヴィンチは「ものに輪郭はない」として、輪郭線を描きませんでした。その代わり、「スフマート」を用いた陰影で表現しています。それ以前の絵は輪郭線を描いていたので、ダ・ヴィンチによって輪郭線を描かずに微妙な表情を表現できるようになったのは、絵画史上画期的なことだったのです。
「モナ・リザ」の口元にある陰影、目のくぼみの部分などは、「スフマート」が用いられ、それらが彼女の不思議な微笑みを作っているといっても過言ではありません。レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザに似ているというこの《横櫛》の微笑みは、ダ・ヴィンチと同じように輪郭線を描かない 「スフマート 」の描き方が活かされています。
甲斐荘は、新しい日本画を模索するために敢えて西洋のタッチを取り入れたそうですが、それが彼の作品独特の怪しい雰囲気を醸し出している要因の一つといえるでしょう。
しかし、甲斐荘楠音の作品が寒気を感じるほど美しさが溢れているのは、上部の美しさだけでなく、美醜を越えて生身の人間の真実、魅力を伝えていることにほかなりません。
ぜひ、会場で、この作品の妖艶な魅力を、いろいろな角度から見てみてくださいね。ピンポイントで作品を見るのも新たな発見があって面白いですよ。
◆開催情報◆
甲斐荘楠音の全貌―絵画、演劇、映画を越境する個性
会場:東京ステーションギャラリー
会期:2023年7月1日(土)~8月27日(日)
開館時間:10:00~18:00(金曜日は20:00まで、入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(7月17日・8月14日・8月21日は開館)、7月18日(火)
観覧料:一般1,400円、高校・大学生1,200円、中学生以下無料
詳しくは東京ステーションギャラリーのサイト(https://www.ejrcf.or.jp/gallery/)へ。
京都会場:京都国立近代美術館 2023年2月11日(土・祝)~4月9日(日)(閉幕)
*西洋美術と日本美術を融合させ、美術界と映画界を股にかけた甲斐荘楠音。甲斐荘は34歳くらいまで画家として活躍し、その後映画監督の溝口健二氏からスカウトされ映画のファッションアドバイザーのような仕事に関わります。28年間で関わった映画は、なんと236本!雨月物語で、ベネチア国際映画祭の銀賞を受賞し、甲斐荘自身もアカデミー衣装デザイン賞にノミネートされるなど、輝かしい実績を残しています。昔の時代劇映画って、こんな大胆な柄やデザインの着物を着ていたんだ〜とちょっとびっくりでしたが、伝統工芸としての着物のクォリティの高さにも感動でした。日本の時代劇の黄金期を支えた、豪華絢爛な衣装も必見ですよ。その他、数多くのスケッチや写真、アイデアの源泉とも言える様々なジャンルの記事が貼られたスクラップブックなどの展示もたくさん。いろいろな事に関心を持っていた様子が伺え、見入ってしまいました。お伝えしたいことは山ほどありますが、あとは見に行ってのお楽しみに!
<この記事を書いた人>
染矢 由美子
アートライフスタイリスト・マスター インテリアコーディネーター
インテリアプランナー設計事務所で 23 年間、住宅・店舗・病院の新築やリフォームなど1200 件以上の設計・施⼯全般にわたり担当。2012 年 Add PURE として独⽴し、現在に⾄る。⾃⾝の運命的な⼀枚のアートとの出会いで、アートがある暮らしの⼤切さを⾝をもって実感し、それ以来アートの普及活動に⼒を⼊れている。インテリアコーディネーターならではの視点で、顧客の要望と空間のイメージに合ったアートを提案し好評を得ている。
2023年08月16日掲載
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